「9歳の男の子」の話(東日本大震災にて)

3月11日は東日本大震災が起こってから11年です。
昨年も紹介しましたが、もう一度掲載させてください。
『致知』2月号特集「後世に継いでいきたい日本の心」から紹介します。

それは、東日本大震災の時、ユーチューブで紹介されていたベトナムから
日本へ帰化した警察官が語った話でした。
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震災直後のある夜、その警察官は食料を配る手伝いのために
避難所へ向かいました。

そこにはようやく届けられた食料を受け取るために、
たくさんの被災者が列をつくっていました。

その最後尾に目をやると、9歳ほどの男の子が厳寒の中を
Tシャツ・短パンという軽装で佇んでいます。

気になって声を掛けた警察官は、その子が語り出した
悲惨な体験に言葉を失いました。

地震の後、お父さんが小学校に車で迎えに来てくれた。
けれどもその時、大きな津波が来て、お父さんを車ごと
呑み込んでいくのを三階のベランダから見た。

海の近くの自宅にいた母親や弟妹もたぶん助からないと思う……。

その9歳の男の子は、不安を打ち消そうと涙を拭いながら、
悔しさと寒さに震えながら、必死に話してくれたのです。

不憫に思った警察官は、男の子に自分のコートを掛けてやり、
用意していた食料のパックを渡しました。
きっと喜んで食べてくれるだろうと思ったのです。

ところが、その男の子はどうしたか?
何と、彼はその食料パックを配給用の箱に置きに行ったのです。
そして、戻ってきた男の子は、警察官にポツリと言いました。
「僕よりお腹をすかせてる人がたくさんいるだろうから……」と。

何ということだ! 

警察官は、もう涙で少年を見ることができませんでした。

両親も弟妹も行方不明で、不安と悲しみに打ちひしがれ、
空腹と寒さの中で絶望している9歳の少年が、
それでもその困難に耐え、自分のことよりも他人を思いやることができる。

このような悲惨な境遇に置かれた幼い少年でも、己を捨て、
人のために生きようとする。
日本人は何と偉大な民族なのだろう。

その話は警察官の口からベトナムに広まり、現地の新聞でも紹介されました。
新聞は「人情と強固な意志を象徴する男の子の話に、
我々ベトナム人は涙を流さずにはいられなかった」と綴り、
こう問い掛けています。
「我が国にはこんな子がいるだろうか」
この話を知ったベトナムの人々は、男の子と日本に称賛を惜しまず、

裕福とは言えない人々からも多くの義捐金が寄せられました。 

この「九歳の男の子」の話を、私が授業で生徒たちに語り聞かせた時、
彼らは口々に「私も同じようにします」と答えてくれました。

生徒たちのその答えを聞いて、日本はまだ大丈夫だと、
国の行く末を憂う私の心に希望の光が射したのを鮮明に覚えています。
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いつまでも日本に、この男の子のような子どもがたくさんいますように。