『手紙』(志賀内泰弘)

志賀内泰弘さんのギブ&ギブメルマガから紹介します。
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『手紙』

もうすぐ、80歳を迎える父母に、どうしても聞いておきたいことがあった。
それは、父母の生い立ちである。
自分のルーツを辿ることにもなるので、父母が元気なうちにと考えていた。

同時に、まだ一度も口にしたことがない「感謝」の気持ちを伝えたいという思いもあった。
そんな気持ちを察したかのように、タイミング良く母から連絡があった。
「渡したいものがあるから実家に来て欲しい」と。
収穫した野菜でもくれるのかと思いきや、行ってびっくり。

渡されたのは、一枚の古ぼけた「手紙」だった。部屋の整理をしていたら偶然出てきたらしい。
子どもっぽい字で、「おかあちゃんへ」と宛名が書かれていた。
恐る恐る封筒の中身を開けてみると、今から40年前、当時小学校四年生だった私が、母へ贈った初めての手紙だった。
全く書いた覚えはなかったが、文章を読み進めていくと、明らかに自分が書いたものであることが分かった。

当時、母は脳溢血で倒れ、生死を彷徨うほどの大病を患っていた。
そんな母を気遣う切実な思いが、幼い字で綴られていた。
間違いなく自分が母に宛てた手紙である。

まさか、こんなに長く大切に持ってくれていたなんて。
母の愛の深さを感じた瞬間、涙がこぼれ落ちた。

二人のやりとりを傍で見守っていた父が、何かを思い出し、徐に席を立った。
再び現れたとき、手元には古ぼけた封筒を抱えていた。
次は、何が出てくるのだろう?と身構えた。

恐る恐る受け取った封筒には、「遺言状」と書かれていた。
まさか?と思ったが、よくよく確かめてみると、祖父が戦争に行く前に書いたものだった。
父にしてみれば、唯一お父さんのぬくもりを感じる宝物だったに違いない。

墨で書かれた初めて見る祖父の字に、緊張で身体が硬直した。
一文字、一文字、行間に込められた思いにも想像を膨らませながら読み進めた。
死を覚悟した人の力強さ、愛情の深さ、本当は生きたかったんだろうなと思うと目頭が熱くなった。
遺影でしか見たことがなかった祖父を、身近な存在に感じた。

これまで親孝行とは、父や母にプレゼントを贈ることや一緒に旅行に行ったり、
美味しいものを食べたり、どこか華やかなイベントごとのように考えていた。

しかし、今回、父と母から受け取った「手紙」や「遺言状」を目にしたとき、大切なことに気付かされた。

本当の親孝行とは、命を繋ぐことだと確信した。

今、自分があるのは、間違いなく父や母、そして、先祖のおかげである。
いただいた命を子どもたちに繋ぐために、一生懸命、働き、その姿を父母や子ども達に見せることこそ、最高の親孝行なのだ。

訪問をした最後に母が囁いた。「お父ちゃんとお母ちゃんの昔話を聞いてくれてありがとう」と。

「ありがとう」を言わなければいけないのはこちらの方なのに・・・、いつまでたっても親にはかなわない。
いつも以上に心地よい風が吹いていた。