『木も親に教育されている』

志賀内泰弘さんの『ギブ&ギブメルマガ』のちょっといい話
から紹介します。
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『木も親に教育されている』

古の時代から、「最近の若者は・・・」と大人は言っていたそうです。
私もご多分に漏れず、「最近の若者は・・・」とよく口にします。
その若者を誰が育てたのかというと、親、つまり大人です。
ろくでもない教育をしてきたことを棚に上げて、いつの時代でも
大人は「最近の若者は・・・」と言い続けてきたわけです。 

さて、せんだっての当メルマガでは、春日大社の葉室頼昭宮司の言葉
「人も自然の一部です」についてお話しました。
それに関連して、今回も「樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声」
(ハヤカワ文庫)から引用して、木はどのようにして
子供を教育するのかという話を紹介しましょう。
著者は、ドイツの森林管理官のペーター・ヴォールベンです。 

「え?!木が子供を教育する? そんなバカな」と思われることでしょう。
いえいえ、教育しているのです。 

ペーターさんが管理するブナの森には、高さが1から2メートルの
若い背の低い木がたくさんあるそうです。
ある時、ペーターさんが調べてみると、若木と思っていたものは、
なんと樹齢が80歳を超えていたというのです。
ブナの普通の成長スピードは、年に50センチほどです。
なになのに、なぜ?

実は、母親の木が子供の木の成長を阻んでいたことがわかりました。
ブナは実をつけます。ドングリです。
そのドングリは秋になると実を下に落とします。
そして、枯れ葉の腐葉土で、翌年に芽を出します。

ところが、どっこい。その芽のほとんどは成長しません。
母親の木が、空一杯に葉っぱを生い茂らせているからです。
植物は太陽の光を浴びないと光合成できません。
ようやく、1から2メートルに育った木も、
太陽の光を3%しか受けられないそうです。 

実は、それが母親の木の「教育」だというから驚きです。
ゆっくりと成長した木は、内部の細胞が細かくて、空気をほとんど含みません。
柔軟性が高いので、嵐が来ても倒れない。
さらに、抵抗力も強いので、菌類が感染することもありません。 

少しくらい傷ついても、そこから腐ることもないのです。
そういう子どもは、将来生き残れる。
かといって、母親の木は、子どもをほったらかしてしているわけではありません。
根っこから根っこへと、栄養分を分け与えているのです。 

反対に、日当たりの良いところに転がったり、動物に運ばれていったドングリは、
すくすくと早く育ちますが、日陰の若木と違って風にも菌類にも弱いのです。 

さて、ある年、大風が吹いて母親の木が倒れます。
その時こそ、子どもの木がぐんぐんと成長するチャンスになるのです。 

トウヒという常緑針葉樹があります。
水分が豊富なところで育ったトウヒは、贅沢三昧で成長します。
ところが、乾燥時期がやってきた時、樹皮がミシミシと音を立てて破裂してしまうそうです。
ときに、その亀裂は1メートルにも達します。
すると、その傷から菌が入り込み木は破壊されてしまいます。
その傷を修復しようとしますが、それには相当な時間がかかります。 

それを「木の学校」と呼んでいるそうです。
どういうことかって?木は学習するというのです。
翌年の春、ふたたび水分が豊富になっても、一度痛い目に遭った木は、やみくもに水分を吸い上げない。
質素な生活に慣れようとする。節約ということを学ぶのです。 

何を言わんとするか、もうお分かりと思います。
子どもを育てるのに親は、甘やかすとろくなことはない。
若い人に大人はやさしくばかりしていると、成長しない。
それを、自然界の「木」が教えてくれているというお話です。

え?・・・それは、木の話だろうって? 

その通り。でも、人も木も同じではないでしょうか。
「人も自然の一部」なのだから。