正義の先にある温かいもの
『日本講演新聞』社説から紹介します。
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今年も多くの流行語が生まれている。
「自粛警察」もその一つに挙げられるだろうか。
コロナ禍の昨今、個人に委ねられているはずの自粛を
他人に強制する人を指して言う言葉である。
厄介なのは彼らは自らの正義を信じて行動しているところだ。
正義感を持つと人は暴走する。
立場を変えれば、正義は簡単に悪になり、
悪もまた正義になる。
(中略)
電車内の携帯電話も「悪」と決めつけることができるだろうか。
突然かかってきた携帯電話に出て、小声で、しかも早口で話しながら
急いで切ろうとしているのがうかがえる人もいる。
そういう人をマナー違反だと目くじらを立てる世の中にはしたくないものだ。
先日、日本看護協会が主催する作文コンクールで
看護職部門の最優秀賞を受賞した作品を読んだ。
佐賀県在住の齋藤泰臣さんが経験したこんな話だった。
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ある日、電車の中で夫婦と思しき男女が言い争っている声が聞こえてきた。
「電話した方がいいよ」
「いや、人の迷惑になる。駅に着いてからでいいよ。」
二人はそんなやり取りを繰り返していた。
互いに感情が高ぶり、次第に声が大きくなっていった。
「意識がなくても耳は聞こえるって。
掛けなさいよ。お父さん、待ってるよ。」
「電車内だから掛けられないよ。」
聞く気はなくとも居合わせた乗客は状況が呑み込めた。
夫の父親が危篤状態にあり、今病院で息を引き取ろうとしているのだ。
緩和ケア病棟に勤務する齋藤さんにとって放っておけない場面だった。
「後悔しないために電話を掛けたらいいですよ。」
と伝えようと席を立とうとした瞬間、
その夫婦の向かい側に座っていた女性が優しく声をかけた。
「電話した方がいいですよ。」
それを聞いたまわりの乗客も次々とうなずいた。
みんなに背中を押され、男性は電話をかけた。
「お袋、親父の耳元にこの電話を置いてくれ!
親父、おやじが一生懸命働いてくれたから、
俺たちは腹いっぱいに飯が食えて、
少しもひもじい思いをしなかったよ。
心配しないでいいから。
本当に、本当にありがとう‥‥。」
必死に嗚咽(おえつ)を抑え、最後の言葉を送る男性。
居合わせた乗客全員が、彼の父親にその声が届いていることを
願う空気が車内に流れていたそうだ。
そこに「マナー警察」のような人がいなくて本当に良かった。
(中略)
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穏やかな感情を作る共感力は、
「心の密な社会」を築くのではないかと思う。
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「正義感」より「共感力」を大切にしたい。
そんな世の中になってほしいですね。