障がい者のためのスポーツクラブでのエピソード②
スポーツクラブでのエピソードの続きです。
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(後編)
脳性麻痺の障害を持つA君、野球の監督に「もしもお前が、
誰よりもバントが上手くなったら俺はお前を使う」
そう言われたのですが・・・
今まで、試合に出るなんて考えたこともなかったんですよ。
それなのに、監督に「お前を使う!」なんて言われたものですから、
A君、当然、バントの練習を始めるんです。
まずは、ピッチングマシンでの練習です。
一人ですからね、まず、ピッチングマシンをセットして、
バッターボックスに向かうのですが、A君は走れませんし、
歩くのも時間がかかりますから、バッターボックスに
たどり着く間に何球もボールが飛んでいっちゃっているんです。
で…やっとバッターボックスに入って何球か練習して、
ボールが終わると、またピッチングマシーンのところに行って・・・・
こんなことを繰り返し繰り返し練習しました。
でも、ピッチングマシーンはいつも同じところにボールが
飛んできますからどんなに練習しても、本番の試合では通用しないんです。
そこでA君はみんなの練習が終わると、チームメイトに、
「疲れているところ、悪いんだけど、ボールを投げてくれない?
バントの練習をしたいんだ・・・」って頼むんです。
チームメイトは嫌な顔もせず、いつもA君のバントの
練習に付き合ってくれたそうです。
そんなA君。
ついに、チームの誰にも負けないようなバントが
きるようになったんですって。
ただ、これはお母さんが言っていたことですから、
ホントかどうかはわかりませんと森嶋さんは言ってました(笑)
だって、地域の強豪チームですから、バントが上手な
チームメイトがいても おかしくないですよね。
でも、お母さんにしてみたら、ちょっと前までは、 野球を
やること自体、まったく考えられなかったわけですから、
普通にバンドできるようになっただけで、
「チームNo.1」に見えてもおかしくないですよね。
もう一つ、監督がA君に与えた役割があります。
監督は考えたんです。
守備でもA君を使えないか・・・と。
普通、考えませんよ。
だって、脳性麻痺で走ることも、両手を高く上げることも
しゃがむことも不自由なA君です。
でもですね、この監督はスゴイです。
練習でA君に「ファースト」をやらせたんです。
すると、どうなったかと言うと…チームの
「守備力」が飛躍的に向上したんです。
特に、1塁への送球です。もう、わかりますよね。
A君は真ん中にきたボールしか取れないんですよ。
だから、他の選手たちはどんな体勢からでも、A君の
構えたところに、全神経を集中してボールを投げるんです。
その結果、送球のエラーがほとんどなくなったそうです。
この監督さんはスゴイです。
もぉ、この辺から私は身を乗り出して話を聴いていました。
だって、教育に関わる人間の「鏡」じゃないですか。
教育だけじゃないですね。
職場の上司、チームのリーダー、…すべての人にとって、
この監督さんの「この子のいいところは?」「この子はなにが得意?」「この子が役に立てる場は?」
という考え方や目の付け所はお手本になりますよね。
普通だったら、悪いところに目が行きやすいんです。
でも、「いいところは?」と常に見ているんです。
その年の大会。A君は背番号15番をもらって、ベンチ入りを果たします。
このチームは強豪校ですから、いくつもの試合を勝ち進んでいきますが、監督はA君を出しませんでした。
でも、私が思うに、A君はきっと、それだけでも満足だったんじゃないですかね。
「見るだけしかできない」と思っていた野球のチームに入れてもらい…。
みんなと一緒に毎日楽しく練習ができ、チームの中で役割を与えられて、
ベンチにまで入れてもらって…。
そして、ついに決勝戦。
6回裏まで、お互い一歩も譲らない投手戦です。
ちなみに、小学校の試合は7回までです。
その6回裏のA君のチームの攻撃。
最初のバッターがヒットを打ってノーアウト一塁。
どうしても1点が欲しいA君のチームにとって、この場面…、
間違いなく「送りバント」が常とう手段です。
すると、なんと、監督が選手交代を告げます。
バッターはA君です。この大会で初めてのA君の起用です。
A君もビックリです。 緊張もしますよね。
もぅ、バッターボックスに歩いてくときの格好が「バントの構え」なんですって…(笑)
相手にも、バレバレなんです。
しかも、相手から見ても障がいを持っているのは一目瞭然です。
そんなA君を監督は起用しました。
こんな大事な場面で監督はA君との約束を果たしたんです。
お母さんもビックリです。 嬉しいのと、不安と…。
もう、お母さん、大変だったでしょうね。
1球目。ど真ん中のストライク。
A君、その絶好のボールをバントの構えのまま、空振りです。
お母さん、「あぁ~、やっぱりダメだぁ~いくらなんでも、こんな大事なとこでムリだぁ~」と思ったでしょうね。
もう、観ていられなくなって下を向いて、両手で顔を覆います。
でも、 A君の目は負けていません。「俺が決める」という感じだったそうです。
2球目。相手チームはもうわかっています。
A君がバントをするのがわかっていますから、
1塁と3塁の守備が猛ダッシュで、前に出てきます。
しかも、変化球です。
なんとA君、その変化球を見事に、プッシュバントです!
前に出てきた1塁の選手とピッチャーの間を抜いたこれ以上ない、
という絶妙なところにバントを決めたんです。
普通であれば、内野安打のコースです。
でも、A君は走ることができませんから、当然、ファーストはアウトです。
でも、見事にランナーを2塁に進めることができました!
送りバント成功です!
球場が大歓声に包まれます。
観ることができなかったお母さんもその歓声をきいて、何が起こったのか、想像がつきます。
A君、嬉しさのあまり、ボロボロ泣いています。
チームメイト達も大喜びです。
その送りバントのおかげで6回裏に1点入ったんです。
これだけだって、スゴイ話ですよね。
でも、このあと、さらに凄いことが起きるんです。
6回裏に1点入りましたから、7回表を守りきれば、勝ちですよね。
なんと監督はそのA君をそのまま守備に向かわせるんです。
ポジションは…どう考えても、ファーストですよね。
一応、練習ではやっていますから・・・。
ところが、この監督、なにを間違えたのか、「A君はライトだ!」と。
外野ですよ。A君、やったことなんてないんですよ。
なぜ監督はA君をライトにしたのでしょうか…。
後で監督が言っていました。
『その日の朝、A君がライトを守っている夢を見た』と。
だからライトを守らせたんですって。(笑)
この監督さんはどこまですごいんでしょうか。
夢で見たのを正夢と信じて、A君をライトにしたんです。
で・・・・、最終回、
最初のバッターが、わざわざライトを狙ったかどうかは
わかりませんが、大飛球がライトに飛んじゃうんです。
A君、もう「どうしよう・・・」みたいな感じでオロオロしてるんです。
「助けてぇ~!」みたいな雰囲気なんです。
だって、ライトなんてやったことないですから。
その瞬間です。なにが起こったと思いますか?
なんと・・・
キャッチャー以外の選手が全員、ライトめがけて全力疾走したんです。
全員で、A君を助けに走ったんです。
サードの選手なんて一番遠いから、どんなに走ったって間に合わないんですよ。
それでも、全員がライトめがけて走ったんです。
でも、間に合わないですよ。
ところが、そのフライが、一歩も動けないA君のグローブにスポッって入ったんですって。
その様子を観ていた球場のお客さんもA君を助けるために駆け寄ったチームメイトも大喜びです。
もう、試合に勝ったかのような大喝采が起きます。
A君、またボロボロ泣きます。
お母さんはなにが起こったのか、実感がわかずに放心状態でしたが、
しばらくしてから号泣だったそうです。
こんなことってあるんですね。
結局、7回表を抑えてチームは優勝です。
チームメイトは、今まで、A君の頑張りをずっと見ていたんでしょうね。
だから、みんなで助けに行ったんです。
障がい児だろうが、どんな子どもだろうが
子ども達は、我々、大人が思っている以上に「大きな可能性」を持っています。
それを潰すのも、 引き出すのも、我々、大人や教育者、指導者のココロの持ち用ですよね。
その日の夜、打ち上げで、監督が子ども達にこんなことを言ったそうです。
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お前たち、あのとき、全員がAのところに走ったよな。
あの気持ちさえ忘れなかったら、お前たちの将来は安心だ。
仲間が困っていたら駆け寄って助ける。
あの気持ちさえ忘れなかったら、お前たちは大丈夫だ!
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もぅ、この監督さんはどこまでカッコいいんでしょうか!
この監督さんはわかっています。
野球は「道具」なんです。
野球がうまくなること、野球の試合に勝つことが目的じゃないんです。
野球という「道具」を使って子ども達に「生きるチカラ」をつけさせること、
「人間力を高めること」が目的なんです。
監督さんは、見事に子ども達に「生きるチカラ」を身につけさせています。
ブレてないですもん。
「勝負に勝つこと」と、「子ども達の成長」を天秤にかけた時に
迷わず、「子ども達の成長」を選べる、こんな指導者、なかなかいないですよ。
これね、 試合に勝てたから「美談」になって語られていますが、もしも、負けててたら、
保護者の中には「なんで、あんな大事なところでA君を使ったんですか?」
って言う人が出て来てもおかしくないですよね。
普通なら。
でも、もしかしたら、こんな監督さんだから
普段の監督さんの言動を見ている親なら、もしも、そんなことになっても
「あの監督が決めたことだから・・・」って言ってくれるような気もします。
どうですか?
この監督さんに学べることいっぱいありません?
私は山ほど学んでしまいました。
そんなお話でした。
長くなりました。